CD50よ永遠に
第五部(第二十三話)

かなりマニュアル操作も慣れ、自在に車体を操れるようになりだして、さらにパワーを欲していたとある時。時期は一人寂しいクリスマスを迎えた。

クリスマス、あまりに暇で、持ち金も少ないのに、気付けばスロットを打っていた。この頃のほんの僅かな時期だけ、スロットにはまっていたのだ。(現在はギャンブルは一切やらず)

珍しくも千円で7を揃えると、あっという間にそれは6万円近くにも達した。大喜びしながら、計画を練るうちに、「そうだ!稼いだ分で88cc化に注ぎ込もう!!」と思い浮かんだのだ。

例によって見切り発車で88cc化キットを購入し、今まで快調だった75ccシリンダーを外し、88ccキットを取り付け終わり、キックすると、どういうわけか、ピストンがヘッドに当たっていた。「なんなんだ、このキットは?ちゃんとCD50用って書いてあるじゃねぇーか!!」と思いながらも当たるものは当たる。

仕方ないので、また訳もわからず当たる部分を削り、ヘッドガスケットも厚めの物を組込み、今度は当たらないのを確認し、キャブも若干濃い目にリセッティングし、元気良く始動させた。

物凄い爆音になってしまったが、そんな事は目もくれず、走ることに浮かれて、公道に飛び出した。

走り出して500mくらい行ったとき、突然に「ガシャッ」と異音がし、エンジンはすぐに停止。 「あーあ、組んだばかりだったのにーー」すぐさま押して帰り、開けてみるとカムギアーが粉々に砕け散っていた。なんでこうなったのか原因追求もせずに、とりあえず、強化されたカムギアーに交換し、再び出走可能状態。

このまま、作業していた場所から約30キロ先の自宅まで、一気に走り通してやろう!というのが最大の目標だった。作業場を発ち、5Kmほど進んだとき、ふと気付いた事があった。何故かバイクで走りながら普通に頭をポリポリ掻いていたのだ。妙にいつもと違って頭がスースーするなぁ?と気にはなっていたのだが、普通はこんな事はしないに違いない。と同時に新たに組み直したエンジンを動かすときの喜びの大きさがよくわかる。

「おわッ、やっべーメット被るの忘れた!!」ふと気付いて作業場までまたノーヘルで急いで帰り、メットを再び被り直す。あまりの喜びにあろうことかメットを被るのを忘れてしまったのだった・・・

最大で90Km/hを楽に越えようとする余裕のパワーに酔いしれつつ、もう原付スクーターは敵では無かった。 発進からいきなり大きく離すことを可能にしたその走りは狂気の沙汰としか思えない程で、既に気持ちをセーブすることは出来なかった。

「こいつはマジで速い!!」と感動を抑えつつ、県境の長い橋に差し掛かったとき、ミラー越しに後ろが煙だらけである事に気付くと同時に、「ガキィーーーーッ」

橋のど真ん中で、CD50は息を引き取ったのだった。「嗚呼、焼き付かせてしまった。」いい加減に組んだ結果がこうであったならば、それはもう完全に俺の負けだった。

せっかくスロットで稼いで化けた88ccキットが・・・数時間でお亡くなりになるとは。 だが、この僅か数時間の感動は未だに消える事はない。

のべ約二時間ほどの走行をするために6万円を注ぎ込んだのは、非常に高い授業料だった。一瞬にして動かなくなった瞬間、もう二度と直そうという決意は湧いてこなかった。

教訓として、何事も程々が丁度良く、また悪銭身に付かずという事を身を持って体験した瞬間だった。

もうそれ以来何年か経つが、多摩川の長い橋を渡るたびにいつも思い出す。ここでCD50は昇天したのだと・・・

そう、これらで学び取った全ての経験が今XSを維持する上で必要不可欠な知識となっているのだ。

初めてのバイトで買い、様々な地に出向き、エンジンの構造を教えてくれ、馬鹿げたチャレンジに共に果敢に挑んだCD50よ永遠なれ!

<あとがき>

計五部に渡るCD50編を書き上げてみたが、あまりにも当時の情景をリアルに覚えていて、まだまだ度肝を抜かす事がたくさんあり、全然書き足りない程である。まして、当初は3部完結にしようと考えていたのだが、書き出すと、あれもこれもと増えていってしまったのである。

世の中に、旅の手段は無数に溢れている。その一つを味わい、そして経験したという意味で私にとって、唯一店で買ったバイクCD50と共に歩んだ短い期間はかけがいのものであった。

原付を取得することのないままに大型を取得できるこの時代に、敢えて原付を限界まで楽しむという、そんなある種限られた人にしか体験できない事をどうしても伝えてみたかった。そして先にも書いたとおり、この無謀な経験の数々が、今のXSの知識に大きく影響を与えている事は言うまでも無い。

CD50よ永遠に・第五部・完